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2012年10月 3日 (水)

高遠で歌いました!

ついにこの日が来た。

僕の大好きな作家島村利正の故郷、
高遠。
長野県伊那市、
四方を雄大な山々に囲まれ、
江戸時代には高遠藩が置かれ、
城下町として栄えた高遠の町。

僕は昨年この作家を知り、ブログに書いた様に、
島村利正の本しか読まなくなった。

そしてこのかけがえのない時間を頂いている
御礼を言いたくて、高遠で歌いたいと思った。

全く面識のなかった伊那にお住まいの小児科の
先生、北原先生、そのお兄様で高遠にお住まいの
北原先生、島村さんの御子息初めご親族の方々
総ての方を巻き込んでこの高遠公演が
実現した。

僕が一人で乗り込んで行ったにもかかわらず
コンサートを承諾下さり、
美術館の催しとして開催して下さった、
信州高遠美術館の武井館長、小山副館長
はじめ、全員のスタッフの皆様、

すべての方々の大きなお力を頂いて
僕は9月30日、高遠で歌う事が出来た。
奇しくも今年は島村利正生誕100年の
年になる。

そして会場が満員になるほどの
人が来て下さいました。

この感謝の気持ちは言葉では表せない。

ただ一言、有り難うございました。
幸せです。

前日島村利正を語ると言う座談会のような
ものが美術館で開催された。

島村利正の長男、長女のお二人と僕、
そして伊那の北原先生の4人で
いろいろ島村さんの話をした。

やはりご家族のお話には貴重な逸話が
幾つもあり、僕にはとっても嬉しい
時間だった。

島村さんが良く口ずさんでられた
歌のなかに月の砂漠があった事を
知り、早速当日のプログラムを変更して
月の砂漠から歌い始めた。

偶然に僕は月の砂漠をフランス語と
日本語でいままでに歌って来た事が
あり、これも何かの縁だと思った。

人生はやはり自分で作って行くものだと
つくづく思う反面、宇宙の何処かで
誰かともともと繋がっている、簡単に
表現すれば<縁>という目に見えない
ものが織り込まれて出来て行く織物の
ようなものかもしれないと、
高遠で歌い終えたあとふと頭に、
このような思いが走り抜けた。

台風が去って行った翌日の
高遠の空は晴れ渡り、山々が美しく、気高く
たたずんでいた。

京都から応援に来てくれた友人4人と一緒に
島村さんのお墓参りに行き
御礼を言って手を合わせた。

野道に彼岸花が美しくならんで咲いていた。

唯一簡単に手に入った講談社の
文芸文庫<奈良登大路町、妙高の秋>も
絶版になってしまった。

でもネットでは見つけられます。
他の単行本も。
是非読んで欲しい。
きっと僕のように島村利正の書いたものを
知らずに死ななくて良かった、
そしてこの人の文章を日本語で読み、
理解出来る日本人でよかったと、
思われると信じています。

また高遠に歌いに行ける日を
夢見て、信じて歌い続けたい。

島村利正さん、ありがとうございます!


Photo_2


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コメント

・・・そうでしたか。
心から、本当に残念です!

晩夏から長女の一大事が故に
目が離せず、やむなく断念致しました。

ブログで音楽会の様子を拝読させて頂き、
とても心弾みました。
勿論私くしも島村さま読済で御座います。

またいつか~駆けつけられる事を夢見て!
どうか、お体ご自愛の程を。

投稿: chizu | 2012年10月17日 (水) 20時55分

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