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2011年12月12日 (月)

高遠へ来年歌いに行きます。

信州伊那の高遠町に行った。
念願の高遠の地に足がついたとき<ああ!やっと>
とため息が漏れそうになった。

先日パリから東京に着いてテレビの仕事のあと、
一人で電車に乗った。

途中車窓から富士山が美しく見える。

どうしても行きたくて仕方がなかった、
望みが叶った。

30余年パリに住んでヨーロッパは勿論、
日本とフランスを、パリと京都を何十回と
往復している僕が旅行嫌いだと
言っても信じてもらえそうにはないが、
実は旅行は好きではない。
それが電車であっても、ましてや
飛行機となると余計に億劫になる。

あれこれ準備する物や、ホテルの予約、
電車の時刻や座席の予約などそれだけで
気分が憂鬱になり行きたくなくなる。

そんな僕がどうしても伊那の高遠に
行って見たいと思った。

2011年1月17日付けのブログでも書いたが昨年の夏
島村利正という作家を知って以来、
日本語の本は島村利正のもの以外読まなくなった。

それほど好きになり、頻繁にやって来る
酷い鬱症状の時にも島村利正を読む事で救われた。

僕にとっては座右どころかお護りのような
存在となった、島村利正にお礼が言いたくて、
今年の春には狛江にあるお墓を訪ねたが、
今度は庭の千草などいくつかの作品に
描かれている故郷の高遠の町に行ってみたい、
という思いにとどまらず、そこで歌いたいという
突飛様しな思いを持ってしまった。

もちろん、これは僕にとって、僕が頂いている
幸せな時間のお礼を島村さんに何かの形で表したいと
の思いが高遠で歌いたいという思いと繋がったのだが。

隣の街松本市にこれまた35年ぶりに
再会したパリ時代の友人が住んでいる。
彼とも会える機会と考えて、
高遠で歌うという僕の心の最大イベントの
実現を目指して出掛けた。

松本には友人がいる。
そして伊那には北原先生という小児科の先生が
おられる。
島村利正の本を読んで間もなく
この作家のことをもっと知りたくて
ネットで探している時に偶然この北原先生
がブログに書いてられる島村利正に関する
文章に出会った。

この北原先生はご自分のクリニックで
子供達の身体と心の病の治療に文字通り全身全霊で
取り組んでおられる。

絵本の読み会や音楽会なども
催され、僕が近くに住んでいれば
パリのドクター・ベルジャンスと同様に
主治医として診て頂きたいと思う先生である。

僕は北原先生のブログにコメントを書いて以来、
何度か個人的にメールのやりとりをさせて頂いた。

その先生のしろくま通信の一読者でしかない僕が
厚かましくも先生を頼って信州伊那に出掛けた。

その日は本の読み会をなさる日で午前中に家を
出られる予定にされている事を知りながら
押し掛けて行った。

勿論長野にいる友人も巻き込んで、彼の車で
連れてもらった。
無礼な訪問者を先生は家に迎えてくださり、
僅かな時間ながらお話しが出来た。

そして何と高遠におられる北原先生のお兄様が-
同じくお医者様で、同じ北原先生である-
高遠での僕の案内役をひきうけてくださった。

僕は島村利正の実家に寄せて頂き、甥の島村正登氏に
お目にかかった。
昔の海産問屋は現代風な店になっていた。

お隣の華留運ケルンという面白い漢字をあてた
お蕎屋さんに連れて頂き信州のとびきり美味しい
おそばをご馳走になり、蓮華寺にある島村家の
お墓参りも出来た。

この蓮華寺には江戸時代徳川家継の大奥、大年寄り
であり、陰謀事件に巻き込まれて高遠に流され、
座敷牢で一生を終えた絵島のお墓がある。

島村利正はこの絵島が籠に乗せられ、江戸を出てから
61歳の生涯を終える24年間を当時のルポルタ−ジュの
ごとく、候文で綴っている。

まるで僕も絵島に付き添ってその長い日々を生きた様な
気分になり本を閉じた。
罪人として一生を座敷牢で終えた絵島の、人としての
尊厳が彼女の流れ行く厳しい時をささえている素晴らしい
文章である。

紅櫻の名所、高遠城の城址公演の南に近代的で美しい
信州高遠美術館が建っている。
折よく斎藤清の版画展が開催されていた。

館長,副館長にもお目にかかれる事ができて、
なんと、来年6月にこの美術館でのホールコンサートを
決めて下さった。

僕の心の一大イベントが実現する!
2012年は奇しくも島村利正生誕100年の年である。

6月は蛍が飛ぶ時期で高遠の隣町の辰野市で
大変な蛍の乱舞が見られるらしい。
同じならこの時期に歌いたいと思って計画を
練っている。

何があってもこの日までは生きていたいと
願いながらの楽しみの日々が始まった。


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コメント

高遠には私も二度ほど旅しました。かなり前になりますが、お殿様内藤さんのご子孫が職場の上司でした。とても包容力あり上品でユーモアのある素敵な方でした。6月のコンサートにぜひ行きたいと思います。ご活躍をお祈りしています。

投稿: koharu | 2011年12月13日 (火) 10時37分

ふと、高遠の文字につられ~お邪魔致しました。

高遠は、同県内なのに・・高速で素通りする程度。
意外や。未だ降りたことがありません。

そうですか・・。
いろんな御縁で、その道にいざなわれ、
どんどんと出会いが結ばれ、濃縮になりますね。

どんなステージになるのか、今から楽しみです♪

飛んでもない事態が無い限り、
是非、お邪魔させて頂きたいと想います☆

どうぞ、お体・・呉々も、ご自愛くださいませ。

投稿: chizu | 2012年1月19日 (木) 19時44分

koharu さま

高遠を御存知でしたか。koharuさんもご縁がありますね。
僕は必ず今年は歌いに行くと思いますので、ぜひお出で下さい。
新しい年が素晴らしい年でありますようにと祈ります。
寒い毎日です。どうぞお元気でお過ごし下さい。

投稿: ワサブロー | 2012年1月19日 (木) 20時17分

Chizuさま

京都へお越し下さりありがとうございました。
新しい年になってもう半月が経ってしまいました。
来月は東京で14日,15日とライブがあります。
14日の2回公演だけだったのですが、満員になって
急きょ,15日の昼間の追加公演が決まったようです。
東京のライブハウスは久し振りなのでちょっと楽しみにしています。
高遠への道のりは険しそうですけれど必ず今年は歌いに行きます。
ぜひ聞きに来て下さいますように。僕にもChizuさんにも、ご家族かたにも、<余程のこと>が無い様に祈りながら6月を待つ事に致します。長野もきっと寒い事でしょう。くれぐれもお元気で過ごされますように。

投稿: | 2012年1月19日 (木) 20時25分

はじめまして。利正おじさんの事を書いて下さりありがとうございます。
私も6月にお会いできるのを楽しみにしています。

投稿: りえ | 2012年1月19日 (木) 22時16分

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