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2011年2月 6日 (日)

宅間久善さんと日本語の歌のこと

この頃の僕のコンサートのサポートに
来てくれているマリンバとビブラフォーン
のマレットピット、宅間善之、政章兄弟のお父上は
有名なマリンバ奏者宅間久善さんだと知っておられる方も
多いと思う。

さだまさしのデビューからのミュージシャンとして
ご存知の方も多くおられるだろう。

僕は偶然レコード会社が一緒で、そのご縁で
宅間さんが作られた曲に詩をつけて歌うと言う
仕事でお会いしたのがもう3年程前で、
その録音を昨年東京のこれまたさださんのサポート
ミュージシャンでもあり、素晴らしいギタリストである
松原正樹さんのご自宅にある立派なスタジオで
録り終えた。

昨年5月の宅間さんのコンサートにご一緒させて頂き
歌ったので聞き覚えて頂いている方もあるかもしれないが、
あのバージョン以来少し全体のメロディや編曲が変わり、
歌詞も少し新たになった。
また何処かで皆様に御披露あるいはお聞き頂ける
機会もきっとあることと思うが、僕の歌う歌としては
非常に今までとは違ったもので、難しかったが
最終的には楽しく歌えてほっとしている。

宅間さんの素晴らしいマリンバの演奏はyoutubeでもご覧に
なれるのでご存じない方は見て欲しい。
http://www.youtube.com/watch?v=pyt2b6BP2AE
この映像は息子兄弟と一緒のステージの一場面。

先日の京都でのアーズローカス歌の会<こんなフレンチシャンソン
と日本の歌知ったはりますか?>
にお越しいただいた大勢の方々ありがとうございました。

寒い日だったのでお出かけになって頂けないかも
との思いは裏切られて沢山来て下さった。

僕にとっては初めてで,もう二度と歌わないかも
知れないと思える歌が半分以上あったので
緊張しっぱなしの2時間足らずの時間だった。

明治大正昭和前半のいわゆる日本の歌謡曲
というものに初めてふれて、僕自身色々な発見があった。

日本語とフランス語の歌唱法の違いはここ2,3年前から
歌い始めた日本の詩人シリーズではっきりと認識し、
また小椋桂さんが書いて下さった望郷帰心で、日本語は
別の楽器として言葉と声帯を使わなければ、
歌によっては成就しないことも学んだ。

僕はあまのじゃくなので、というよりも
これは僕の様な演じ手として存在する歌手の
場合は,基本だと自分では思っているが、
別の方の為に書かれ、その方が創唱して、ましてや
その人の歌として世に出て皆が知っているものは
別の観点、別の感性で僕の歌に出来ないと
僕は歌う気にならない。

それには相性もさることながら、技術的な面でも
自分の技量に見合ったものでなければならないので、
なかなかそんな歌には沢山出会えない。

今回の様に多くの既に誰もが知ってられる曲を
自分のまな板の上で即興に近い形で料理をすることになり、
楽しさと,恐怖の狭間を味わった。

それにも関わらず,僕はこの頃日本語で歌うことが、
歌えることが非常に嬉しくまた楽しいと思う様になって来た。

フランス語を話しそして歌い始めたころの楽しさ、嬉しさ
の再来である。

元来アーチストというものはわがままなものであり、
ひと所にじっとしていられない性来の部族であるし、
また留まっていてはいけない。

僕にとって日本語の歌を歌うことは、個人的に
歌手としての新たな挑戦でしかない。

いままで勿論日本語で歌うことはあっても、それは
音楽的な面でフランス語の延長のようなものであって、
正面切って日本語と言う言語に向かい合い、
僕流にいえば日本語という楽器を鳴らすのに必要な
技術を習得しなければならなかった。

僕の人生は全く何の計算も出来なくて大河を彷徨う
小舟のごとく,思う様に自分で棹も差せず,流れに
任せて行きつ戻りつ年月が過ぎ去って、
いまだ、大河のどのあたりにいるのか、またこの河が
何処に行き着いているのか皆目わからないでいる。

そのつど岩にあたり、藻に引き戻され、気がつくと
気持ち良い流れに進んでることもある。
僕は茨木のり子の日本語に惹かれて、歌いたいと思い、
初めて日本語の歌唱修練の道場に自ら足を踏み込んだ。

自己トレーニングを繰り返し、成果を見てもらいに
会いにいく師匠は会場におられるお客様。
こうして茨木のり子を始め与謝野晶子、谷川俊太郎ら
大好きな日本の詩人の言葉を借りて日本語という
楽器の修練をした。その結果,楽器は音を出し、
その音は歌う言葉に魂を注ぎ、僕の望んだ、
飛び出す絵本に仕上げることが少しずつ出来ていった。

でも、今まで通ったことのない水の流れに
船が入った。大変難しい流れで、この流れを
乗り切れないと船は沈むか、何処かに損傷を
受ける事態に陥った。

小椋桂さんが僕に歌を書いて下さった。
昨年の9月薬師寺の観月絵で歌う為に。

奈良の時代遣唐使として唐の都に留学し、
遂に日本の土を踏めずに彼の地で果てた
阿倍仲麻呂の望郷の心に30余年フランスで生きて来た
僕の京都への望郷の想いを重ねて,<望郷帰心>という
歌になった。

歌い出すと目の前に奈良の都,その大路を行き交う
人々の姿、薬師寺にかかる月,望郷の念、と
絵巻物の様に歌は展開していく。

僕はこの歌を気に入って,今までの自分の知り得る
技術で楽器を鳴らそうと試みた。
いろいろやってみたが歌が成就しない。

この絵巻物を描くには全く別の筆を必要とした。
僕が触ったこともなかった筆が要った。
9月が近づいて来て気持ちが焦っていたある日
この歌を描けと言わんばかりに、新しい筆が
天空から僕の手に落ちて来た。

この筆を握りしめて,薬師寺の玄奘三蔵院伽藍の前に立った。
望郷帰心を力をこめて薬師寺の塔の上、満月の空一杯に
描いた。
歌は月の廻りに広がり天空に飛んでいった。
この日,僕の日本語の楽器に新しい奏法が加わった。

こうしてすこしずつ日本語の楽器の奏法が身に付いて
来たことを確認する意味合いもあり先日の
アーズローカス歌の会の主題を決めた。

この日の道場にはお相手が8名もいてそれぞれが
初めて挑む方ばかり、で皆さん手強い。
勝ち負けは別として良い試合が出来たと思っている。

そしていま僕の大事なもう一つの楽器になった、
日本語で、歌を、日本語を母国語とする方達の前で
、ここが僕にとってはフランスへ行ったときと同じ様に
大切なことである、歌い演じることの出来ることが、
歓びに繋がっている。

ファンの方の中にはワサブローさんの歌はフランス語でしか
聞きたくない、日本語で歌い出すとは迎合かへつらい、
個性は無くなり,あまたの日本人歌手と同じになってしまう。
と厳しい批判を頂いたが、僕の楽器にはフランスと日本の
空気と色と感情がジュクソウパズルの様にからんで
入り込んでいる。僕のフランス語の歌にフランス人にない
日本人の、僕の感性がある様に,僕の日本語の歌にも
きっと他の日本人の歌い手にはない、フランスの,僕の
感性があるに違いない、と信じたい。

ともあれ僕の日本語へのあこがれと挑戦は堰を切った様に
溢れ出ているので止まらない。

素晴らしい詞を沢山書いてられる伊藤アキラさんが
僕の為にシリーズで書いて下さっている。
もちろん、日本語である。
一作目は俳句という諧謔と感傷が絡み合った
とても良い詩に鈴木キサブローさんがこれまた
良いメロディをつけて下さり僕に合った
とてもしゃれた歌になった。

お叱りのファンの方、まあ見てておくれやす、
きっと僕独自の日本語の世界がもうすぐ
出来るはずどっさかい。少しの辛抱どす!

追伸
アーズローカス歌の会
<こんなフレンチシャンソンと日本の歌知ったはりますか?>
は、存続の危機に瀕していますが、
とりあえず次回は4月9日午後二時と五時の
二回公演を予定しています。
さくら満開の時期でしょうがご予定に
お入れ頂ければ嬉しく思います。

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コメント

アーズローカスの会、今回も心ゆくまで楽しませていただきました。
ドタバタした1週間だったので今(9日)やっとまた感想を書いてしまい(止めておけばいいのに)、4日の日付で私のブログにあげました。
そして今、このワサブローさんのブログにやってきて,自分のおしゃべりがなんと失礼な事であるかと忸怩たる思いですが、こんな人間なので、思ったまま書いてしまいます,ごめんなさい。

演じ手として存在する歌手という言葉を今見て、私が感じていたのは、まさにそうだと思い至りました。
演技は同じままではいられない、一刻一刻と変わるし、また作っていくと言うこと、めちゃくちゃしんどいことでもあり,喜びでもあるのでしょうね。

時には研ぎ澄まされた刃物のごとくであり、時には大輪の花の笑みのようでもあり、私はいつも魅せられてしまいます。
それはあなたの歌に対してなのか,あなたの演じるワサブローという存在に対してなのか・・・
私には分からないけれど,生きているうちにこんなすばらしい歌い手に出会えて良かった。
とつくづくありがたく思っております。

でお願いなんですが
次回のアーズローカスで、俳句はアンコールにおいといてください。
出来るだけ頑張るけれど、どうしても5時には入れませんから,先に歌わないで,お願いします。

投稿: kaguya | 2011年2月 9日 (水) 01時07分

kaguyaさま、

コメントありがとうございます。
ブログも読ませて頂きました。
全く一言も失礼というようなことは書かれていません。
僕は、このように一曲一曲を聞いて頂いているという
ことを知るだけで本当に嬉しい気持ちで一杯です。

たとえ歌った歌に言及してあまり良く書いてなくても
きっと興味を持って読むと思います。
特に悪いことは耳に余り入って来ないのが
通常ですから。
嬉々として,なんで、どういうわけでこれが
詰まらんと言うたはんにゃろ!と反論するかも
知れませんが,それもまた楽し、です。

次回から始めに俳句は歌いませんので御心配なく!
それから次回はもう少し日も長くなっているので
5時半からにしようかなと思っています。

お元気で
Bon Courage !
et a bientot

投稿: ワサブロー | 2011年2月10日 (木) 00時33分

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