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2011年1月17日 (月)

島村利正

昨年僕に素晴らしい出会いがあった。
作家島村利正の本に出会った。
本にも出会うという言葉を使うのか知らないが、
僕は出会ったと言いたい。

夏の終わり,宇治の花火祭りに招んでくれた友人が、
何気なく一冊の文庫本を僕に差し出して、
<ワサブローさん、これ読みよし>と貸してくれた。

講談社文芸文庫、奈良登大路町と妙高の秋と表題
が付き、島村利正とカバーには書いてあった。
<ああ、そうですか、ほな貸してもらいますわ>
と言って本を受け取った。
その日は大雨が降り,花火大会は流れるかとも
思ったが、予定の8時過ぎになると雨は上がり
大輪の花火が何十も夜空に咲いた。

僕は長い間7月14日のパリ祭の日の夜
パリのエッフェル塔が建っているシャンドマルスの
公園で上がる花火を見てきた。
長年中央市場跡のレアール界隈に住んでいたので
毎年花火が上がる10過ぎにポンヌフに行き
セーヌ河畔の堤防に座って花火を見た。

何度かは友人のフランソワたちと一緒にピアフが生まれ、
モーリス・シュバリエが育った下町メニルモンタン街の
丘に上がって大勢の子供達と一緒に見た。

宇治の花火は何となくパリの花火とは違って
少し繊細で広重の描いた隅田川の花火に似ていた。

戦後の買い出しの汽車はこんな風だったんだろう
と思う様な帰りの混雑の電車の中で、
借りた本のことはすっかり忘れて、
家に帰って数日後に思い出して
机の上に置いたまま2ヶ月が経ってしまった。
返す前に少しくらいは目を通すつもりで本を開いた。
仙酔島、残菊抄そして表題の奈良登大路町、
焦土、妙高の秋、斑鳩行き、神田連雀町、佃島薄暮
短編が八つ並んでいた。

<山の峯々や溪間から、その深い濃緑を乳色に溶いて、
しとしとと朝霧を流してくる風は肌にひいやりとした>
仙酔島はこのように始まっていた。
僕は山や河にはほとんど興味がなく、
その上に、時代物の侍の話も本ではあまり興味が無い。
この書き出しで,僕は田舎を舞台にした侍ものか、
いややなあ、と思ったがすでに目は次の文章に移り、
そして気持ちとは裏腹に目はしっかりと
もう次の文章を捉まえて、目の前にその文章が描く風景
が広がっていた。

それからは、僕の魂は物語から物語へと旅を始め
すべての作品を読み終えた時には部屋の月見障子の硝子越しに
冷たい秋の朝の陽が静かに差し込んでいた。

こうして僕は島村利正を知りその作品に出会った。
そして今まで島村利正を知らず生きて来たことが
悔やまれる程島村利正の作品が好きになってしまった。

当然この文庫本以外のものも読みたくなり探し始めて
愕然とした。
手軽に手に入れられる本はこの文庫本だけで、
他の単行本はすべて絶版になり唯一2001年に
未知谷から出版された島村利正全集全四巻しか
存在しないことがわかった。それも一冊一万円の
高価な本である。

それでも僕は単行本として出版されたものを
その当時のそのままの状態で読んでみたくなり、
探した。
年に一度京都で古本市が百万遍のお寺の境内で開かれる、
その日を待った。
あいにく3日間のうち1日しか行ける日が無くその日は
朝から大雨で秋も半ばの寒い日だった。
普段なら喉のことを一番に気にする僕は、こんな日は
何があっても、誰に誘われても,仕事以外は
絶対外出しないのに、傘をさしマスクをして雨よけに
掛けてある大きなビニールカバーごしに何百册,何千と
並べてある本の屋台を食い入る様に見て、探し歩いていた。

何でも良かった。島村利正の名前があれば欲しかった。
遂に一冊見つけたときは嬉しくて声が出そうになった。
奈良飛鳥園、この本は奈良登大路町の中に出てくる
奈良飛鳥園の写真家小川晴暘の生涯を描いた小説で
新潮社から1980年に刊行されていた。
何千册の中から見つけた一冊。
これは僕にこの人の作品をすべて読めという啓示
だろうと不思議な出会いを考えた。

図書館に行き前述の島村利正全集を見つけ出し、
単行本になっていないものが一番多く入っている
第二巻から読み始めた。
その間にもネットの古本サイトをくまなく探し
1972年新潮社刊行の奈良登大路町、1978年桐の花、
1977年新潮社秩父悠色、1979年中央公論社妙高の秋、
そして最近入手の難しい1957年三笠書房残菊抄を
手に入れた。
生涯12冊の単行本しか刊行されていない。

こんなにも好きになった島村利正の書くものの魅力とは
なんだろうと思っていた答えがこの1957年の古書
残菊抄の中の二人の作家の言葉にあった。

一人は志賀直哉、<戦後度強い小説の多い中に島村君の
しんみりした静かな作品は,その特徴故に読者から
喜ばれるのではないかと思っている>
もう一人瀧井孝作は<落ち着いてしっとりとして、ちょっと
古風なようだが、古くさくはなく生き生きとした
古風の味だ。絵の方で云えば日本畫でも洋畫でもなく
版畫の味に似たものと云おうか>

僕が惹かれるのは一言で云えば作品全体に流れている品格だ。
静かに凛としたものが端正な文体の何処かしこに漂っている。
時代なのか、島村利正の性質なのかどちらでもあろう。

島村利正の作品はどれをとっても大きく動くドラマの
展開はない。
それだけに人間の描写(特に女性の)や風景の描写が
きめ細やかで、映像が目の前に浮かんでくる。
映画に例えれば成瀬巳喜男、豊田四郎、
ウオン・カーウアイの名前が浮かぶ。

島村利正は1912年、明治45年長野県高遠で生まれて、
1981年に東京の狛江で亡くなっている。

実家は江戸時代、藩の御用商人を努めた程の
大きい海産問屋。
僕の好きな1920年、30年代を背景に
数奇な叔母の人生や島村自身の幼少年時代が
美しい高遠の町を背景に描かれている<庭の千草>。
江戸時代、高遠へ流刑になりこの地の
座敷牢で一生を終えた大奥の繪島の話など
何一つ詰まらないものはない。

僕はフランスに住んでいるときに本は常に二本立てで
読む癖が付いてしまった。
フランス語の本と日本語の本。
フランス語の本は友人のフランソワがいつも見つけて
くれる。これもまた不思議なことに今まで1冊として
詰まらない本が渡されたことはない。

今僕はphilippe Claudel のLes ames grises(灰色の魂たち)
という不思議な物語と島村利正の残菊抄の中にある
知らなかった6つの短編を読んでいる。
どちらも今日の雪の夜の様に静かで不思議な空気
に包まれて気持ちの良い時間を過ごしている。

今まで一度も行ったことのない長野県、伊那地方、
高遠の町へ行って見たくなった。
島村利正にありがとうを云う為に。

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コメント

ワサブーロさん
こんにちは、5/6京都法然院で五時からの最後のコンサートに参加しました。お歌われた最後から二番の歌が大好きで
そのCDを購入したいと思いますですが、タイトルは分からないので教えて頂けますか?
歌詞の最後は"一緒に歩いて行こう、明日ある限り"とだけ覚えています。
前半はフランス語、後半は日本語です。

ワサブーロさんはこの歌のCDを制作なさいましたか?有れば購入したいと思います、ご多忙の中よろしくお願いします。
綾真理子

投稿: 綾 | 2013年5月 9日 (木) 06時15分

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