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2008年2月10日 (日)

京都とパリの狭間で

数ヶ月留守にしていたパリに戻った。
長年パリに住んで初めての長い日本滞在だった。
今までは1ヶ月から永くて1ヵ月半の滞在だったが
今回は初めて3ヶ月連続で日本にいた。
1ヶ月の滞在でも3ヶ月でも日本に腰を
おろしてしまえば同じように、何時もなんだか
ずーっと日本に住んでいてパリになんか一度も
住んだことがないような錯覚に陥ってしまう。
要するにフランスの30年は夢か幻のごとく、
無かったかのように感じてしまう。
不思議な事だがパリにいてその逆、
つまり京都になどに住んだことがないという
感覚を持った事は一度も無い。
すべてフランスあるいは外国に住んでいる日本人が
このような感覚を持っているのかは知らないが
何人かのフランスにいる日本人の知り合いは
同じような事を言っている。
それだけ生まれ育った場所が人間形成に大きな
そして決定的な要素となっていることがわかるが
それにしても今や僕にとっては京都で生きた時間
よりも永く生きているパリでの生活がひとたび
生まれ故郷に身を置いただけで
夢幻のようにはらはらと存在の縁取りが消えていき
実体のない記憶の淵に漂っている前世の出来事の
ように感じてしまうのはなんとも妙なものである。
同じようにパリにいて精神的にかなりの疲労が
続いた時に必ずと言っていいほど同じ夢を見る。
夢の舞台は京都の実家で僕が10歳のころ。
100坪あった大きな明治時代の今の言葉でいう町家で
母、祖母を初めその当時この家にいたおばちゃん、
淑ちゃんなどが忙しく家の中を、裏庭に通じる
はしりもと(流し)の前を行き来している。
時折父の仕事場の職人さんや近くの歌舞練場からの
帰りに寄って行く芸妓はんの姿も見える。
そして自分はというとこれも不思議なことに
現在の自分である。
そこにいる人達は当時の姿で僕は40年経った今の歳で
そこにいる。
その場では、まるで透明人間がある場所に現れたように
周りの人達は僕の存在には一切気が付かずその日を
普通に生きているがごとく動き、笑い、話している。
僕はその真ん中にあるいは立ち、あるいは座って周りで
動く人達を眺めている。ただ時折10歳くらいの少年が
目の前をすーと歩いて行くのが見えることがある。
いつも背を向けているので顔はわからないが着ている
絣の着物でこれがその当時の僕であることに間違いは無い。
夢の中の多くは朝の時間で晴れた春の日、
天窓から入ってくる陽の光が気持ちよく、温かく、
幸せな空気が家中に漂っている。
その光景は僕の目の前で無声映画のように一切の声も
音も聞こえずに流れていく。
そして僕はその温かさに包まれてただ無性に気持ちよく
幸せを感じている。
そして目が覚める。
いつもきまって目が覚めると数秒間、結構長い時間
10秒から15秒間は、目の前に生家の庭に面した
僕の寝ていた部屋の雪見障子があり、
横には祖母のたんす、上には網代編みの天井が見える。
パリの寝室のベットに寝ているにもかかわらず、である。
まさしく現実と夢の狭間であって、自分はパリの寝室で
寝ていることは意識としてきっちりあるのに
目の前に見えているものは40年前の生家の部屋の
調度品であり、建具でありその上にそこにはその部屋の
匂いすら漂っている。
こんな不思議な体験を何度もして
いまだにそれは続いている。
ユングの言う深層心理に深くかかわっている状態だと
思うがいろいろ僕なりに分析をした結果
自分の魂が安らぎを求めて行き着く先がこの夢の場所であり、
時間であることだと思いついた。
思えば小さいころから何処に出かけても
磁石に引き寄せられるごとく家に帰りたくなった。
それ以外は<落ちつかない>のである。
このような人間がどうして又30年もパリに住んでいられたのか
自分自身説明に困ってしまう。
僕の身体の何処かでパリと京都は僕の魂が
前世に生まれた時から(もし前世と言うものがあるのなら)
きっと繋がっているのだろう。
雪の京都を発ってパリに帰ってみると暖かい。
しばらくは京都を忘れてパリ時間を過ごすことになる。
そして京都の磁石が僕を捜す頃、初夏の日本に
コンサートとセカンドアルバムの録音のために
帰国する事になっている。
それまでは夢の狭間でパリと京都を何度生きるのだろう。

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コメント

雑誌Foogaの記事<パリ×京都=ワサブロー>拝読しました。ワサブローさんの幼い頃から現在に至るまで、とても面白くかつ心うたれ、一気に読みました。世界中からアーティストが集まるパリで、姿勢を崩さず何十年もやってこられたことにひとりの日本人として深い敬意を表します。

投稿: えむこ | 2008年3月 2日 (日) 14時09分

久しぶりにワサブローさんのブログを読み、何時もその中に引っ張られていく自分を見出し、楽しんでいます。
私も20年以上外国に住み、帰国したときは海外生活の方が長かったのですが、今その当時のことがやはり夢のように感じられることもあります。しかし依然として話している日本語にアクセントがあるといわれ青春時代にすごしたその体験は、気付かなくても消すことが出来ないことをブログに重ねています。ご活躍をお祈りします。

投稿: Y.D. in Shiga | 2008年3月31日 (月) 11時58分

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