« コンサートが終わりました | トップページ | パリで歌いました »

2007年4月29日 (日)

パリで歌のフェスティバル

パリは今毎日暑くて初夏のような気候が続いている。
ここ数年4月に半そでで出歩ける事は無かった。
いつも寒くて暖房が切れなかった。
僕の記憶が正しければ1981年の4月は暑かった。
なぜ覚えているかというとこの年始めて僕は
<Printemps deBourges,うたの祭典ブールジュの春>に
選ばれて出演した。
今でこそ世界中から集まる歌手と歌の祭典になったが
この年7周年を迎えたこのフェスティバルは
フランスの歌を推進する目的で
当時の文化大臣が音頭をとって開催されていた。
何となく日本の紅白歌合戦の出場者が発表されるのと
同じような感じで出場者が発表されて新聞にも報道された。
選考が厳しくて外国人がフランス語のレパートリーでの
出演は難しいと聞かされていたので出場が決まった時は
嬉しかったというよりもこれはえらい事になった、と
思った記憶がある。
1時間のコンサートが予定されていて14曲
歌う事になっていた。
その当時一緒に仕事をしていた盲目のピアニスト
ポール・カスタニエのピアノ伴奏で14曲中少なくとも
8曲のオリジナルが必要だった。
1月に出演が決まり本番の4月までの3ヶ月で8曲の
新曲を見つけるのは非常に大変な事で何人もの作曲家や
作詞家をたずねてオリジナルを依頼した。
3月半ばには10数曲の歌が出来上がりその中から
自分に合うもの8曲を選んだまでは良かったが4月7日の
本番まで2週間足らずで8曲の新曲を仕上げるのは至難のわざで
特に1曲仕上げられるまでに通常まるまる1ヶ月は
かかってしまう僕には無理と思われて途方にくれてしまった
思い出がある。
それでも何とか必死の練習で本番の当日までに歌詞を頭に入れ
メロディを覚えて8曲を同時進行で覚えていった。
僕は今でも極度の疲労とストレスが続くと
咽頭炎にかかってしまう。
その時もやはり3日前に喉に来て声が
全く出なくなってしまった。
主治医のベルジョン先生に紹介してもらったコンドウ先生の
妙薬で当日の朝に声が出るようになった。
それ以来コンドウ先生は僕のお守りのような先生になった。
このコンドウ先生はもちろんフランス人でこのように
コンドウと書くと日本人の近藤と思われるだろうけど
kandouと綴る。
フランス語の正式の発音の表記は日本語では出来ないので
コンドウとなってしまう。もちろんフランス語の
発音もこれに近いのでも日本の方が予約を取るのに電話口で
ドクトール、カンドウ、あるいはコンドウと言っても
ほぼ100%通じると思う。
ちょっと話しがそれてしまったがこのコンドウ先生の
おかげで無事その日はステージを終えられた。
僕はその日、当時大変な人気者のマリー・ポールベルの
ヴデットアメリケーヌvedette americaineとして
ステージに立った。
ヴデット・アメリケーヌとは真打ちのスターの前座の歌手の
ことを指す言葉で直訳すればアメリカのスターなんだが
僕はこの言葉の謂れを知らないし今ではもう殆ど
聞かなくなってしまった。
今はどんな人でも一人でのコンサートが普通になってしまい
前座は無くなってしまったけど昔はそのヴデットアメリケーヌ
で注目されスターになった人が沢山いる。
ジョルジュ・ブラッサンスはパタシュウの、
イヴ・モンタンはピアフの、ジョー・ダッサンは
ダリダのヴデットアメリケーヌとして初舞台を踏み
スターの道を歩き出した。
僕はそのあとスター街道は歩かなかったけれど
その日のステージはその町の新聞の1面に写真付きで
大きく載った。
<フェスティバル最大の掘り出し物!>と書いてあったように
覚えている。
その後いろんなフェスティバルに出演した。
昨年も丁度<恋の病>のCDを撮り終えた直後に
ブリジット・フォンテーヌのミュージシャンでもあり
大変人気のあるドラムのドニ・シャロル
カンパニーの誘いでパリ郊外でのフェスティバルに出た。
そのドニに誘われて今年もパリの北駅の
直ぐそばにある1876年に作られたtheatre des bouffes
du nord テアトルデブッフデウノールで行われる
ジャズフェスティバル jazz nomadeで
歌うことになっている。
この劇場は演劇の巨匠ピーターブロックの劇団が
いつも公演する事で有名な古代ローマの時代を感じる、
客席が舞台を見下ろすように作られている
個性的な劇場である。
出演日の5月8日フランスは第二次世界大戦終戦記念日で
祝日なので沢山人が来るだろう。
カンパニーからのリクエストでその日僕は5曲のうち
10年前に一度歌ったきり一度も歌う機会の無かった歌を
2曲も歌う事になっていて大急ぎで覚え直している。
禿鷹の子守唄と田園でという歌は隠語がふんだんに使って
あるややこしい歌詞が付いていて非常に覚えにくく
そのうえに物語性は全く無いので7番まである歌詞を逆に
しても全く問題は無いのだが一度覚えた歌詞は連鎖のように
して繋がっているのでその中の1節を間違えたからと言って
都合良く別の一節を変わりにそれも咄嗟に当てはめるような
事は出来ない。
要するに間違えると止まってしまうほか無いような歌なので
非常に恐ろしい。
その歌を今覚え直している。
何度も間違えながら。
25年前の4月のフェスティバルを思いだしながら。
その時も暑くてTシャツ一枚で町を歩いていた。
今年のパリのように。
運良く誰かが写真を撮ってくれればこのページでお見せしたい。
そして写真だけならば僕が歌詞をとちったかどうかは
誰も分からないだろうから。

|

« コンサートが終わりました | トップページ | パリで歌いました »

日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1220106/29685634

この記事へのトラックバック一覧です: パリで歌のフェスティバル:

« コンサートが終わりました | トップページ | パリで歌いました »