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2007年3月15日 (木)

荒城の月

先日大磯という町に歌いに出かけた。湘南地方の町で昔から
宿場町として栄えた都市らしく東海道五十三次の内、
江戸日本橋から8番目の宿だった。
若い頃に京都からほとんど直通にパリへ行ってしまったので
日本のそれも特に東の方は殆ど知らない。
湘南地方の町はなんとなく南フランスの大きな観光都市
ニースやカンヌとすこしにているというような印象を持った。
海とビーチシャツやサーフィンの店が沢山あって
僕が行く前に調べた広重の宿場町、漁師町とはまったく違った
都会的な町だった。
公演会場のホテルの中からも海が見渡せて大きなプールもあり
夜になるとそこにクリスマスのようなブルーや赤の
イリュミネーションができているところもパリにくらべれば
ちょっと田舎のニースやカンヌと似通っていた。
伊藤博文、吉田茂の邸が残っているが僕には島崎藤村が晩年
ここに居を構えた事の方が親しみを覚える。
藤村の<小諸なる古城のほとり>と<千曲川旅情の歌>は
中学生の頃好きで暗唱をして何度も詠んでみた。
その夜<荒城の月>を歌った。
フランスで始めてこの歌を歌った思い出がある。
<春の祭典>とよばれる大きなフェスティヴァルに出演が
決まった時その担当ディレクターからあなたのコンサートの
演目は自由に決めて頂いて結構です、
ただ一つ私達の希望は日本の歌を日本語で1曲歌ってほしい、
できればあなたのフランス語の歌のレパートリーにあるような
詩的な歌を望みます。
いわゆる流行歌では無く美しい日本の言葉で書かれた歌を
選んでいただければ嬉しく思います。
と丁寧な言葉でしたためられた手紙が届いていた。
僕はその当時頭がフランス語の歌1色に染まっていたので
(フランス語で歌える珍しい日本人という評判が業界に
たち始めていたのでいやでも?そうせざるを得ない状況にいた)
<え!日本語の歌!そんなもん歌えるかいな!
僕はフランス語の歌を歌うためにここに来ているのであって
なんでわざわざフランスで日本語の歌なんか歌わんといかんの!
こんなこと受けたら今度は着物着て歌ってくれと言うて来るに
きまってるわ!>と断固NON ! をくり返した。
そうしたらそのディレクターからまた美しい文字で書かれた
手書きの丁寧な手紙が届いた。
僕はてっきり<ああそうですか、それでは仕方がないですね、
じゃ今回の御出演は一応なかったものと致しましょう。
あしからず。敬具。。。。。>
という内容だと信じて手紙を読み始めた。
25年も前の事なのでおぼろげな記憶しか無いが、
そこにはこんなふうな事が書いてあった。
<ムッシュウーFUKUDA, あなたの御懸念はよく理解できます。
私だってきっと反対に日本でマルセイエーズを
バゲットパンを片手にベレー帽をかぶり首に三色旗の
スカーフを巻き付けて歌えといわれれば断固NONと
言うでしょう。きっとあなたよりももっと激しく。
でももしヴェルレーヌかマラルメの詩に曲がつけられた
非常に美しい歌をただ1曲だけ原詩のままで歌って欲しい、
そうすれば今までフランス語というものを聞いた事も無い
大勢の人たちがきっと素晴らしいと思いそれを機に
フランス文化に興味を持つ人もいるでしょう。
そして貴方の中に真の芸術性とまたとない文化使節としての
才能を見つけるでしょう。
と言われればきっと考え直したに違い無いとおもいます。
私は貴方の東洋と西洋が見事に融合された才能を
一人でも多くの人に知ってほしいと思っています。
これは貴方を見い出したフランスのほこりとも言える
事なのです。どうぞ私のこの思いを御理解頂き、
御承諾下さいますように。。。。。>と
このように綴られていた。
僕はその手紙をにぎったままその場に
座り込んだように覚えている。
なんとも言えず自分が恥ずかしかった。
もちろん申し出は受ける事にしたがさて何を歌っていいのやら
困ってしまった。
今のようにネットですぐいろんなものが捜せる時代では無く
日本の詩歌の本などはいちいち日本の誰かにお願いして
送ってもらわなければならなかった。
何曲か候補に上がったものをもう一度ふるいにかけて
最後に<平城山>と<荒城の月>が残った。
そして結局<荒城の月>に決めたのは先のディレクターの
<東洋と西洋の融合>という言葉にあった。
この歌は土井晩翠の七五調の見事な詩に滝廉太郎の
西洋の音階で出来ている。
まさに東洋と西洋の融合であり僕に相応しい歌であった。
そのフランスでのフェスティヴァルでは当時の僕のピアニスト、
ポール・カスタニエのお琴を思わせる不思議な
そして同時に寂寥とした古城の前に立って見上げる月が
目の前に浮かぶ伴奏で歌った。
その夜の1500人の観衆のブラヴォーと拍手を
今でも覚えている。
先日の大磯で荒城の月をと勧められたとき藤村の詩を思い
そして晩翠の事を想って25年前の忘れていた記憶が蘇った。
現在の僕のピアニスト鈴木厚志がやはり凛とした
古城の背景を美しく描いてくれた。
晩翠が学生の頃訪れた会津の鶴ヶ城とそこで散っていった
19人の<少年団結白虎隊>の思い出がこの詩を書く
きっかけになったと,どこかで読んだ事を思い出し、
歌いながら目の前に浮かんだ
城跡と大きな白い月を眺めていた。

  春高楼の花の宴
  めぐる盃影さして
  千代の松が枝わけいでし
  昔の光いまいずこ

    詩 土井晩翠
    曲 滝廉太郎

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コメント

こんにちは。
「荒城の月」、歌詞、メロディともにいい名曲ですね。


http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

投稿: kemukemu | 2008年11月30日 (日) 19時04分

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